介護を受けていた母親と自分

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<<   作成日時 : 2008/03/15 18:28   >>

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 古代インド、お釈迦様がまだ生きていた時代の逸話です。お釈迦様といえば、そう、人生は何かを悟ったひとである。そのお釈迦様が悟りを開いた後の話です。 お釈迦様が自分の教団の中を歩いて廻っていた時、ある出家した弟子が、仲間の弟子の衣を川で洗濯していたところに出くわしました。お釈迦様はその自分の弟子にこういいました。『わたくしにも洗濯をさせてください』と。 弟子は驚いて聞き返しました。『世尊(せそん)よ、あなたは悟りを開いたのに、このような事をするのですか?』。 お釈迦様は言いました 『悟りを開いたからこそ、私もまた功徳(くどく)が欲しいのだよ』。  つまり悟りを得たから偉くなったわけではなく、事の道理をわかった(悟りを得た)からこそ、人の為に何かをすれば、その結果はいつか自分に返ってくる、という事を、お釈迦様は自分で実践していたのだ。 本来の仏教とは死んだ人や葬式のためにあるのではなく、もっと言えば葬式と仏教は無関係である。 仏教とは『いかに人生を生きるか』という、人生の哲学であって、よりよく生きるための教えだ。 今の葬式仏教は釈迦の教えではなく、ただ単に習慣でしかない。それと坊主が供養金を貰う手段にすぎない。 釈迦の教えは、人間が死んだあとどうなるかを教えたのでなく、どう生きるのか、を教えた哲学だと思う。釈迦が悟った内容とは『生・老・病・死』が、なぜなのかを悟ったのである。

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