過去を振り返って 1
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作成日時 : 2008/03/07 02:12
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最近、自分が小さかった時の事を振り返る時が時々ある。きっかけはなぜ自分がうつ病になったか?、なぜ自分は内向的な性格なのか?、なぜ自分は他人に強く対応できないのか、なぜ自分に自分に自身に自信が持てないのか? と言う疑問から自分の生い立ちを遡っていくと、どうしてもインパクトの強い時期に思い当たる。それはまだ僕が幼稚園に通う前の年代だった頃、母の田舎に預けられて育った事だ。どのくらい預けられていたのか、何せ小さい頃の事だからはっきりしない。一度お袋に聞いてみた事があった。「どのくらい田舎にいたの?」、「8ヶ月くらいカナ〜」だった。 しかし、物の本によると、この時期の子供の頃が一番人格形成に大事な時期だと書かれてあった。 なぜ田舎に預けられていたのか? その事情は自分は知っている。世間に違わず家が貧しかった事と、お袋が腕の骨折で入院したからだった。
なぜ骨折したか。それは、お腹に妹がいた時期で、自動車に轢かれそうになったその時、お袋はとっさに腕でお腹をかばって転んだからだ。 自動車は逃げたらしい。 これはしょうがない事だ。お袋に責任はない、父親一人では小さい僕の面倒はみれない。昼間は働かなくちゃならないし。でも1ヶ月に一度、父親は田舎に来てくれた。6時間以上かけて。僕は覚えている。親父が郵便ポストの(昔の円錐形)形をした貯金箱を土産に持ってきてくれた事。でもすぐにその日のうちに東京へ帰ってしまった事も。 その頃の僕の記憶は「悲しかった」「時間をもてあましていた」「暇だった」の記憶が強く残っている。
田舎の近所には僕と同年代の子供はいなかったので遊び相手がいなかった。 しょっちゅう庭のあり地獄をしゃがんで見ていた記憶がある。 別に田舎ではいじめられたわけでなく、どちらかというと可愛がって貰っていた記憶も強く残っている。 でも、叱られた記憶はない。 人格形成の大事な時期に、やはり両親と一緒でなかった事は、確かに現在の僕に影響しているだろう。 僕の思考パターンは、自己分析と心療内科系の本によると、「〜でなければならない」 「〜であるべき」が強く、「〜でもいい」とか「〜でない場合もある」 「真実はたくさんある」的な思考がしにくいらしい。 やはり、小さい頃に自然と両親以外の人たちとうまくやっていくために自然に身についてしまった、「いいコちゃん」であろうという思考パターンになったのだと思う。 人格が形成される時期に、叱られた記憶がない=成長してからの今が打たれ弱い、という図式なのかもしれない。 やはり親が子を叱ると言う事は子供の人格形成にとってだいじなのかも。 叱られっぱなしもようないが。 続く。
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